『富南城空堀』と表示板のあったウバメガシなどの樹林のトンネルを抜けて、江戸期に韮山城との
交信を行なったという『のろし台跡地』を過ぎてさらに少し行くと、この在所に古くからのものと思わせる
佇まいの『七面山』の社が出てきていよいよ人里も近くなってきたことを知るのだった。
下山地点は新城の『浅間神社』の石段の所でしたが、そのすぐ手前左の小高い台地では昔小さな
出城(富南城大平新城・初代城主遠山民部・文治2年〜正治2年)が築かれていたそうです。
この跡地に植えられた桜が下から見上げると晴天の青空に映えて何ともいい感じでした。